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研究室に行くと、見慣れない人物がそこにいた。 自分より僅かに年下に見える新緑の長い髪の人形めいた美しさのある少女だった。 その顔には表情がみられず、部屋に入ってきた僕にも一瞬視線を向けただけで、興味は無いと言わんばかりに黄金色の瞳をそらした。 「あ、スザク君。丁度良かった、あの箱の持ち主が来ているのよ」 セシルがそう言って紹介したのは、目の前にいる少女だった。 「なんだ、お前がスザクというのか。この箱を拾った事、礼を言う」 言葉づかいは偉そうで、その表情と同じく感情を読み取る事は出来なかった。 箱の持ち主。 つまり彼を閉じ込めた物という事か? 僕はてっきり相手も小人だと考えていたが、あの箱のサイズとオルゴールという用途を考えれば、持ち主が普通の人間だという事は容易に想像できる事だった。 「いえ、僕はたまたま拾っただけですから」 僕は人好きのする笑みを顔に乗せ、そう答えた。 「所で、この箱に何か入っていなかったか?」 その質問に、僕は首を横に振る。 「いえ、何も物は入っていませんでした」 物は。 者なら入っていたが。 嘘とも真実ともとれる言葉を口にし、相手の様子を伺うと、女性はそうかと口にした。 「ならばもう一つだけ聞く。黒髪に紫紺の瞳の男を知らないか?」 その言葉に、心臓が跳ね上がった。 その特徴はまさに彼の物。 「いえ・・・その箱と関係が?」 動揺がばれないように、笑みを乗せながら尋ねた。 「ああ。この箱と一緒に行方不明になっていて現在生死不明だ。もし見かけたら教えてほしい。もちろん礼はする」 女性はじっと僕を見つめた後、初めてその顔に笑みを乗せた。 可憐な笑みにも見えるが、僕は何か恐ろしい者に感じられた。 例えるなら、魔女の笑み。 こちらの心の奥底まで探り、そして笑ったように思えたのだ。 「その男の名はルルーシュと言ってな。プリンと苺が大好物なんだ。見かけたら食べさせてやってくれ」 そういうと、あの宝石箱が入っているのだろう紙袋をセシルから受け取り、女性は立ち去った。 彼女が記していった連絡先はブリタニアの物。 セシルの話では貴族の令嬢らしい。拾ったお礼にと、目玉が飛び出るほどの礼金を、ポンと支払って行ったそうだ。 それらはロイドの研究費に回される事になったが、その一部を僕の口座にも振り込んだという。 この研究室でアルバイト紛いの事をしていたから、特別報酬という名目にしたらしい。 ロイドは大喜びで踊りまわっていた。 「行方不明のルルーシュさんのことは心配ね」 「でも、スザク君が見つけたの箱だけでしょ?もし流されて着いたなら、その人も流されたんじゃないかな?」 でもニュースにそれらしい事出てないから、箱だけ落としたのかもね。 ロイドはもう箱には興味がないと言いたげに、パソコンに向かった。 いつもセシルがバイト代を入れる講座を確認すると、100万円振り込まれていた。 まって、え、あのロイドさんがぽんと100万って、一体あの箱にいくら彼女払ったの!? もしかしたら本当に億を払ったのかもしれない。 まだ蒸し暑いというのに、ざわりと鳥肌が立ったが、まあ、もらえるものは貰っておこうと、辺りを警戒しながらスザクは帰宅した。 コンビニで一番高いプリンを買ってから。 「別に俺はプリンが好きなわけじゃないが、せっかく買ってきてくれたのだから食べてやらなくもない」 と、完全にツンデレ状態になりながらも、そのプリンを彼は気に入ったらしく、紅茶と一緒に楽しんでいた。 どうやら男がプリンを好きだというのは、彼にとって恥ずかしい事のようだった。 まあ、確かに彼のイメージにプリンは予想外ではあったが、そこまで隠さなくてもいいのにとは思う。 だがこれで、彼女の言うルルーシュが彼である事はやはり間違いは無いだろう。 つけられてはいないが今後注意する必要はある。 小人ではなく、人間が相手のほうがやりやすいからこちらとしては大歓迎だ。 そう思っていると、部屋のチャイムが鳴った。 「誰だろう?」 僕は空になったプリンの容器を捨て、ルルーシュを宝箱に戻した。 ロロは勝手に戻っていくので、入ったのを確認し蓋を閉じる。 玄関を掛けると見知った女性が立っていた。 「久しぶり、スザク」 少し不貞腐れたような表情で、女性はそう言った。 「・・・久しぶりだね」 僕は思わず硬い声で返事をした。 目の前に立っているのは、僕の彼女だ。 多分。 大学に入ってすぐに彼女に告白をされ、付き合っていた。 ルルーシュと出会ってからは、電話もおざなりになり、メールもたまにしか返さず、デートの誘いも断り続けていた。 ここ暫く大学であっても話しもしないし、メールも来なくなったから自然消滅したと勝手に思い込んでいたのだが。 多分、僕たちはまだ付き合っているのだろう。 「おじゃまします」 「ってちょっと」 彼女はこちらの返事も聞かずに勝手に玄関を上がった。 軽く動揺していた僕はそれを止めきれず、彼女の侵入を許してしまう。 彼女は部屋に上がると、きょろきょろと部屋の中を見回した。 「・・・新しい彼女が出来たわけじゃないの?」 成程、その確認のため事前連絡なしで押し掛けたわけか。 僕は不愉快だと眉を寄せた。 「どうして最近私に冷たいの?スザク、浮気してるんでしょ!?」 断言するように彼女は声を荒げた後、床に置かれている宝箱に視線を向け、ためらうことなくそこに近づいた。 「ちょっと!勝手に触らないでよ!」 「いいじゃない!」 まずい。その中には今ルルーシュが居るんだ。 僕は慌てて彼女の手をつかんだが、遅かった。 もう片方の手で彼女は乱暴に蓋を開けた瞬間。 「きゃあ!!」 小さな固まりが飛び出してきて、彼女は慌てて蓋から手を離した。 蓋は重力に従い大きな音を立てて閉まる。 「な、何!?今の何!?」 慌てた彼女が僕に縋りつく。 僕はその正体をちゃんと目で捉える事が出来ていたため、視線をそちらに向けた。 彼女も僕の視線に気づき、恐る恐るそちらを見る。 テーブルの上に、野生の獣の目をしたロロがいた。 威嚇の声をあげ、全身で怒りをぶつけてくる。 「何?ネズミ!?」 「いや、リスだよ。怪我をしていたのを拾って、今飼っているんだ」 リスという言葉で、彼女はようやく怯えを無くし「あ、本当にリスだ」と、安堵の声を漏らした。 「でも、可愛くないリスね。何より凶暴よ」 「野生のリスだしね。拾った時は怪我もしてたし仕方ないよ」 僕、嫌われてるし。 もう怖くないと言わんばかりに、彼女はロロに近づく。 「もしかして、最近会えなかったのってこのリスのせい?」 いや、拾ったもう一つのほうが原因と言えば原因だが、それは言えない。 僕は返事をしなかったが、彼女はそう結論付けたらしい。 「こんな可愛くないの捨てたら?飼うなら犬がいいわよ。私犬好きなの。そうよ、犬を飼いましょう」 「いいね。じゃあ犬を飼えばいいよ」 僕があっさり言うと、彼女はぱあっと笑顔になった。 「じゃあ今から買いに行きましょう!」 僕の手を引くように玄関へ向かった。 「何で僕もいくのさ?僕は行かないよ?」 「私が選んでいいの?でもどうせなら一緒に選びましょ?お金の事もあるし」 それは僕に犬の金を払えという事だろう。 「だから、何で僕が?君が飼う犬だろう?」 「え?ここで飼うのよ?」 「は?なんでここで?僕は犬はいらないよ。ロロ・・・リスもいるし、僕猫派だし」 「だからそのリスを捨てて、代わりに」 「何勝手に決めてるのさ。僕が好きで飼ってるんだから、勝手に捨てる話にしないでよね。もういいよ、ほら、帰って」 「ちょ、スザク!?」 「それと、別れよう。君とは無理だ」 「な!?どうして!?」 「予告なしに家に来て、勝手に上がって、訳の解らない疑いをかけて、部屋の物を駄目って言っても触って、飼ってるペットを捨てろなんて酷い事を平気で口にして、代わりに犬が欲しいから犬を僕のお金で買って、この部屋で飼えっていう人と付き合う気は無いよ。無理。さようなら」 僕は茫然としている彼女を部屋から追い出し、鍵をかけた。 まだ扉の向こうで何やら叫んでいるが、近所迷惑も考えずに騒ぐなんて・・・。 反応したらだめだ、放っておけば帰るだろう。 僕は足早に宝箱へ向かった。 コードがクッションになったとはいえ、重い蓋が勢い良く閉じたのだ。 ルルーシュは大丈夫だっただろうか? 宝箱を開けると、彼が困ったような顔で見上げていた。 ロロがすかさず箱の中へ入り込み「僕が追い返したんだよ!」とでも言うように、褒めて褒めてとルルーシュに甘える。 ルルーシュはそれに答えるように「よくやったロロ」とロロを抱きとめ、その頭を優しくなでた。 「ごめんね、煩かったよね。もう終わったから」 「スザク、今のは・・・」 僕は手を伸ばすと、彼を抱きあげた。 ロロが不愉快そうに僕に噛みついてきたが、無視する。 「元彼女」 「元ってお前、すぐに追いかけろ!」 「やだ」 「スザク!」 僕は彼をテーブルの上に乗せ、宝箱からテーブルとイスも出した。 「別に君がいるから別れたわけじゃないよ。君、ちゃんと聞いてた?予告なく来るのはいいよ。まあ、家に上がるのも許すよ、彼女だしね。でも、触らないでって言った言葉を無視して箱を勝手に開けるし、その上ロロが気に入らないから捨てて、自分が欲しい犬を僕に世話させようとしたんだ」 「それは・・・」 確かにそう言っていたが。 「君、もしかして気付いてない?彼女、その犬の代金、僕に払わせるつもりだったんだよ?もちろん犬を選ぶのは彼女だろうけど、餌代も何も払う気は無かったんだ」 「そうなのか?」 「そうだよ。君とロロはお金も手間もかからないけど、犬1匹飼うのは結構大変だからね。毎日の散歩もあるし」 「流石に考えすぎじゃないか?彼女が言いだしたのだから、悪くても折半だろう。餌代にしてもそうだし、犬の散歩も二人でと考えているんじゃないか?」 「ううん。考えてないよ。今まで彼女、デートに行った先で全部僕にお金払わせてたもの。自分の欲しい小物や洋服もね」 その言葉にルルーシュは眉を寄せた。 「僕はさ、こう見えても結構いい所の嫡男なんだ。だからそれなりに遊ぶお金として親が仕送りしてくれる。僕自身は見ての通りあまりお金は使わないからね。まあ、彼女の欲しいものぐらいには使おうかと出してたけど、それが悪かったんだと思う」 スザクはブランド物に興味は無く、衣服も動きやすさを重視してその辺のスーパーで買っている。食べ物だって、自炊はしないが、そう高いものは食べていない。 反対に彼女はブランド物を身につけ、化粧も派手だった。 「・・・それは」 「そういう女性が結構僕の周りに多いんだよ。僕と結婚すれば玉の輿だしね」 もうこの話は止めようと、スザクは笑った。 夏が過ぎ、秋風が吹き始めたある日。 僕は忘れ物をしていた事に気がつき、ため息をこぼした。 「どうしたんだスザク」 「携帯、忘れてきた」 「ああ、そりゃ大変だな」 リヴァルは笑いながら「急ぎの電話があれば貸してやるよ」と言った。 急ぎの電話は基本向こうから掛かってくるだけで、こちらから電話をかける事はほとんどない。 メールも以前ほど打たないため、相手も返さなくなり、今は昔に比べて静かな物だ。 だが、手元にないとやはり落ち着かない。 時間も見れないし、なにより時間つぶしの写真観賞が出来ない。 「まあまあ。どうせ今日、午前で終わりだろ?」 「それはそうなんだけど」 終わったら速攻で帰ろう。 大学にいると別れた彼女がよりを戻そうとして近づいてくるのも面倒だし。 いい加減諦めてくれないかなぁ。 後で知ったけど、彼女が飼おうとしてた犬、30万超えてたんだよね。 学生にそれを払わせようなんて、やっぱり金銭感覚おかしいとしか思えない。 まあ、払えない金額ではないけど、親のお金だしなぁ。 ・・・ ・・・お腹すいた。 今日のお昼は何がいいかな。 ルルーシュに聞いてから一緒に買いに行こうかな。 そう思いながら午前中を潰し、大急ぎで家に帰った。 久しぶりに全力で走ったため息を切らせていたが、僕は疲れなど一切感じず、すぐに宝箱に駆け寄った。 「ただいまールルーシュ、ロロ」 そう言いながら開けた宝箱の中には、誰も居なかった。 |